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有元美津世のGet Global!

中欧について学ぶ(1)- 東欧とは区別2019.10.08


 今週、5週間にわたる中欧周遊を終え、今、イスタンブールの空港で、この原稿をしたためているところです。

東欧とは区別


 チェコ、オーストリア、スロバキア、ハンガリー、スロベニア、クロアチア、モンテネグロの7ヵ国を周ったのですが、日本人にもアメリカ人にもオーストラリア人にも、「東欧ですか?いいですね」”Eastern Europe is my favorite, too”(東欧は、私もお気に入り)と言われました。

   しかし、正確には、私が周ったのは東欧ではなく、中欧(Central Europe)なのです。

 12月にフィリピンを旅行中にクロアチア人と知り合ったのですが、その時に「来年、東欧に行く予定。クロアチアにも行くよ」と言ったところ、「クロアチアは東欧じゃない!中欧だ」と怒られたのです。

 私も、それまで、中欧が東欧とは区別されているとは思いもよりませんでした。ソ連が崩壊したのは1991年。今の40代以降は冷戦時代の「東ブロック」という概念が染みついていて、「東ブロック=東欧」という感覚が強いのではないかと思います。


 ヨーロッパの人が東アジアと東南アジアの区別がつかず、ひとくくりにするようなものでしょうか。実は、先日も、ネットで「中国や日本などの東南アジアは...」と書いている人がいてビックリしたところです。

     どこまでを中欧、どこからが東欧で西欧、というのは複数の説があり、普遍的な定義というのはないようですが、オーストリア・ハンガリー帝国の一部だったかどうかは大きな要因のようです。

 実は、私は、共産主義圏には入らなかったオーストリアは、政治経済的に西欧とずっと思っていたのですが、地理・文化的には中欧に入るのですね。(プラハで暮らしているオーストリア人も「オーストリアは、文化的にハンガリーが一番近い」と言ってました。しかし、それにしては、なぜオーストリアのおいしいデザートとコーヒーが、ハンガリーには広まらなかったのか...というのが、今回の旅行を終えた私の最大の疑問。) 

 

冷戦時代を知る世代と知らない世代


 日本を含め多くの国の若者は、20数年前まで「チェコスロバキア(Czechoslovakia)」や「ユーゴスラビア(Yugoslavia)」という国があったことさえ知りません。第二次世界大戦後、1990年まで、ドイツが東西2つに分割されていたことも。

 反対に、冷戦時代(the Cold War)を生きた人は、「いつの間に、チェコとスロバキアが分かれたの?」(1993年)「いつのまにスロベニアやモンテネグロという国ができたの?」という感じではないでしょうか。

 実は、30年以上前、私が大阪の国際見本市で通訳のアルバイトをした際、チェコスロバキア館の担当でした。その際にチェコスロバキアの政府関係者に「日本ではホームレスを見かけるけど、チェコスロバキアにはいないよ。社会福祉が充実しているから」と言われたのを今でも覚えています。ところが、経済の自由化が進んで20年、チェコでもスロバキアでも、街で物乞いをする人を見かけました。

 今や、中欧の多くの都市は、西欧の都市と大して変わらず、物価も西欧並みの国さえあります。2003年から、中東欧の国々がEUに加わり、国境を越えた人や物の流れが一気に進んだことが大きいのではないでしょうか。

 中欧旅行がブームになる中(中国や韓国では日本以上)、今後、さらに身近な存在になりそうな中欧について、数回にわたって書きたいと思います。

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この記事の筆者

有元美津世

大学卒業後、外資系企業勤務を経て渡米。MBA取得後、16年にわたり日米企業間の戦略提携コンサルティング業を営む。社員採用の経験を基に経営者、採用者の視点で就活アドバイス。現在は投資家として、投資家希望者のメンタリングを通じ、資産形成、人生設計を視野に入れたキャリアアドバイスも提供。在米30年の後、東南アジアをノマド中。訪問した国は70ヵ国以上。
著書に『英文履歴書の書き方Ver.3.0』『面接の英語』『プレゼンの英語』『ビジネスに対応 英語でソーシャルメディア』『英語でTwitter!』(ジャパンタイムズ)、『ロジカル・イングリッシュ』(ダイヤモンド)、『英語でもっとSNS!どんどん書き込む英語表現』(語研)など30冊。

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