グローバル転職NAVI

キービジュアル キービジュアル

先輩に聞く!インドネシア語との付き合い方

先輩に聞く!インドネシア語との付き合い方 その32015.11.10

日本語よりも格段に多彩な二人称の使い方

インドネシア語で交流をするようになって、まず戸惑うのが二人称の使い方ではないかと思います。日本語でも「あなた」「きみ」「お前」と様々ですが、インドネシア語は、日本語よりも格段に多彩です。相手が男性の社会人であれば、「bapak(バパッ)」あるいはその省略形の「pak(パッ)」と呼び掛ければ、まず間違いはないでしょう。

 

相手が女性なら、ibu(イブ)、 あるいはbu(ブ)になります。しかし、付き合いが深まって気心も知れてくると、もう少し親しみを感じる言い方を使いたくなります。先日、内閣改造でインドネシア調整大臣(Menko)に就任したラムリ(Ramli)氏が、祝賀会を兼ねた同窓会で「Pak Menkoと呼んだら承知しないぞ、俺は昔からMas Ramli だ」と言っていました。日本でも、「俺とお前の仲」などと言いますが、インドネシアでは普通に見聞きするだけでも、これ以外に「engkau(エンガ)」または「kau(カウ)」「kamu(カム)」「lu(ル)」「sampean(サンピアン)」「anda(アンダ)」「saudara(ソウダラ)」「tuan(トゥアン)」「ente(エンテ)」「bung(ブン)」などキリがありません。最初の2つは、インドネシアのラブ・ソングが好きな人には馴染みのある呼び方でしょう。

インドネシア専用ミドルネームをつける!?

多数の二人称の中から、TPOにあわせて適切な言葉を使いこなすのは外国人には至難の技です。しかし、どうやらインドネシア人でも二人称の選び方ではまごつくことがあるようですから、外国人の私達が多少間違っても心配は無用です。二人称の多彩さは、インドネシアの人が、人と人との関係性に敏感なことを反映していると思います。自分との年齢差はどうか、既婚者か、社会的な立場はどうか、お互いの家族間に交流はあるか等々、時には相手の人柄までが呼び方の選択には含まれているように見えます。

 

ところが、相手が外国人になると、今までの基準では相手との関係性を咄嗟に見極めにくいからでしょうか、さすがのインドネシア人も戸惑うことが増えるようです。もし、あなたがそういう状況になったら、即座に「TAROと呼んで下さい」などと、自分の方から通称を伝えるのが良いでしょう。インドネシア人の相手は、あなたを呼びかける時に「pak(パッ)」なのか「mas(マス)」なのか、あるいは「kamu(カム)」と言ってもいいのか、相手が迷うようです。その選別作業によって、親しみも淀んでしまいます。または、自分のインドネシア専用ミドルネームを勝手に作っておいて、それを使うのも良いアイデアです。インドネシアでは、親しくなった外国人に、土地の長老がミドルネームをプレゼントしてくれる社会ですから、違和感はありません。むしろ、発音が難しい日本名よりは歓迎されると思います。

たかが二人称、されど二人称

インドネシア語は、まだ世界的に若い言語ですので、新しい言葉を外からどんどん吸収しており、表現方法も日々豊かになっています。社会の変化につれて、二人称の使い方も微妙に変わっています。そんな中で「anda(アンダ)」という言葉はユニークです。1977年に福田赳夫首相がインドネシアを訪問した頃ですが、インドネシア語の二人称はどれも上下関係や地位などが感じられて「民主的でない」という議論が起きていました。インドネシアの中心を占めていたジャワの言葉が相手の「偉さ」によって幾つもの等級に分かれていることも影響していたかも知れません。

 

当時、英語の「you(ユー)」にあたる中性の言葉を広めようと「anda」という言葉が注目されていました。福田総理は大統領との会談で、首脳同士の普通の言い方である「閣下」の代わりに、お互いに親しい友人として「anda」と呼び合うことにしようと提案しました。その後の「ロン・ヤス」関係(中曽根総理とレーガン大統領)の先駆けのようなものですが、翌日の新聞には「anda」の文字が見出しになりました。これで「anda」は定着、と思いきや、その後はぱったりと聞かれなくなりました。当時はスハルト大統領の権威主義的な体制が「王朝」と揶揄される程でしたから「民主的な言葉」に出る幕はなかったのでしょう。しかし、この頃はテレビのトーク番組でも普通の会話でもandaは完全に市民権を得ています。大統領のそっくりさんをお笑い番組で茶化しても叱られなくなった時代の変化がその背景にあるのでしょう。たかが二人称、されど二人称、です。

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

この記事の筆者

城田 実

1972年横浜市立大学卒業、1973年外務省入省。74年から2年間インドネシアのジョグジャカルタ、ガジャマダ大学留学。以後、インドネシア大使館、外務省アジア局などインドネシア関係を中心に勤務。インドネシアの3総領事(スラバヤ、メダン、デンパサール)を歴任。2011-2013年まで2年間デンパサール総領事館総領事を就任後、外務省を引退。現在、日本在住。約40年間のインドネシアを知るエキスパート。現在、インドネシア研究会 Santai 代表。

合わせて読みたい