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タカシの外資系物語

偽造カード問題にモノ申す !2005.01.20

銀行の対応

最近、偽造キャッシュカードが大きな社会問題になっています。神奈川県のゴルフ場では、クラブハウスにある貴重品ロッカーに財布を預けたところ、何者かがロッカーを開け、カード情報を読み取り、現金が不正に引き出されるといった事件も起こっています。


連日にわたる新聞やテレビなどのマスコミ報道を見ていると、「事件が起こった原因は、銀行のセキュリティが甘いことに尽きる。銀行の怠慢ぶりは許せない。だから、銀行は至急対策を講じた上で、被害金額を補償すべきだ」という論調が中心になっています。何だか、すべての責任は銀行にあるかのような話になっているような気がします。果たして、本当にそうなのでしょうか。


実は私、銀行員時代にシステム部の事務管理課というところで、「事故対応マニュアル」というのを作る仕事をしていました。ここで「事故」と言っているのは、お客様がカードや通帳を紛失したときはどうするのか、支店の窓口に暴力団風の人が来てイチャモンつけられたときはどうするのか、銀行強盗に遭ったらどうするのか、など、営業店における危機管理全般をカバーしたものでした。もちろん冒頭のように、カードを盗まれてお金を引き出された場合の対処についても触れています。で、マニュアルにはなんて書いてあったかといいますと、「カード・通帳による第3者引き出しについては、銀行側は一切の責務を負わない (=全ては顧客の管理が悪い ) 旨、約款 ( ※ ) に明記されている。よって、営業店においては、銀行側で補償できることを示唆するような発言をしてはならない……」


※「約款」というのは、預金をするときの契約上の取り決めです。銀行で口座を開設したら、何やら細かい文字がたくさん書かれた書類を手渡されると思います。それのことです。ほとんどの人は、きちんと読んでいないと思われますが、よく読むと、銀行にとって都合のいい書き方 ( 解釈の仕方 ) がされていることに気付きます。機会があれば、是非一読を !)

日本と欧米における対応の違い

つまり、法律的には、銀行には何の責任もないのだから、顧客が文句を言っても突っぱねろ!と言っています。「なんて無責任なんだ、けしからん !」と思われるかもしれません。しかし、銀行にはどうにもならん理由もあるのです。その理由とは、「被害を届け出た本人の自作自演 ( 狂言 ) の可能性を否定できない」ということです。被害に遭われた方には申し訳ないのですが、実際問題として、そういうケースはかなり多いのです。私が事務管理課に在籍した半年間の間に、4 件の盗難・引き出し事故が警察沙汰になりましたが、調査の結果、うち 2 件は本人ないしは身内による犯行でした。つまり、自作自演の詐欺だったわけです。


サンプル数が少ないので何ともいえませんが、このような事情がある以上、銀行がすべてを補償するというのはなかなか難しいわけで、銀行員の本音を言わせてもらえれば、「自分に過失がない証明ができない以上、仕方ないだろーよ」となるわけです。


以上のような状況は、実は何十年も前から変わっていません。つまり、銀行のセキュリティというのは非常に脆弱なシステムであったにもかかわらず、何も変わってこなかったし、だれも変えようとしてこなかったのです。なぜか ? それは、無理に仕組みを変える必要がなかったからにほかなりません。仮に事故が起こっても、銀行側は責任がないと主張し、お金を引き出された顧客も、その大半は泣き寝入りする。「こんな銀行はけしからん !」と言ったところで、他の銀行も同じ対応しかしてくれないわけで、サービスが差別化されていないから、銀行を変えても意味はない。だから、事故があった銀行の評判が落ちることもない …… そんなことを繰り返していたわけです。


これが欧米ならどうなるでしょうか。そもそも欧米では、あらゆる制度は「性悪説」に立って考えられていますので、この場合なら、「そもそもカードは盗まれるものだ、偽造して悪用されるものだ」という前提で、様々な仕組み ( 制限 ) が設定されています。例えば、1 回の引き出し限度額を 50 ドルとしたり、 1 日に何回も引き出すことができなかったり ( 次回引き出しは 24 時間後以降 )、なんていうのは、利便性を下げてでも、盗難に遭った際の被害を最小限にしたいという社会全体の総意を表しています。そういう基本的な制限をベースに、各銀行は個別に、「顧客ウケ」するサービスを開発しています。 ATM でお金を引き出すたびに、自分あてに E メールを送るだとか、携帯電話で自分の口座を支払停止にしたり、解除できる仕組みをつけるだとか …… その結果、消費者は自分のニーズに合わせて銀行を選び、際立ったサービスを開発した銀行には顧客がたくさん集まる、ダメな銀行は淘汰される……というような、非常に健全なサイクルが確立されているわけです。

自分のリスクを認識せよ

さて、本件における日本人と欧米人の本質的な違いは何でしょうか ? それは、「自分のリスクを認識し、冷静に対処できるか」ということに尽きます。例えば、カードが偽造されて大金が盗まれる理由を冷静に検討してみましょう。原因は、大きく分けて以下の 2 つだと思います。


1 ) カードを持ち歩くから偽造される

日本人の「カード」好きは有名です。そもそも、カードを持っているから偽造されるわけで、カードそのものが存在しなければ、偽造されることもありません。銀行で口座を作る際にも、カードを発行するか否かは「オプション」になっていますから、本当にカードが必要な口座以外は、カードを作らなければいいわけです。


同僚の欧米人に聞いてみても、「キャッシュカード 1 枚、クレジットカード 1 枚、それ以外は作らない。銀行やクレジット会社を変更する場合には、前の契約は必ず解約する」と言っています。一方、日本人の多くは、複数のカードを、さもうれしそうに札入れに入れています。「カード・コレクター」じゃあるまいし、それによって得られる利便性とリスクを冷静に判断すれば、カードなんて必要最小限あれば事足りるはずです。


2 ) 1 つの口座に大金を預けているから引き出される

日常的に使う決済用の口座と、資産形成のための口座はあらかじめ分別し、お金を分けておけばいいのです。カードは決済用口座だけとし、その口座に 30 万円以上入れないようにすれば、万が一のことがあっても、 30 万円以上の損害はありません。


要は、上記 2 つの根本原因を断ち切れば、リスクにさらされる可能性は劇的に減ります。カードは最小限を携帯し、その口座には必要以上に預け入れしない、これだけでもかなり効果は上がるはずです。


また一般的に、欧米人 ( 特にアメリカ人 ) は訴訟好きですが、自己防衛についても熱心です。カード偽造問題などは、訴訟を起こしても負ける可能性が高いことを理解しているので、事が起こってからうろたえるのではなく、自分でリスクをヘッジ (hedge: 回避 ) しようとするわけです。


一方、日本人の大半は何かあるごとにワーワー、ギャーギャー叫ぶわりには、自分で行動を起こすことはあまりありません。あくまでも他人任せ、他人が何もしてくれなかったら泣き寝入り …… そんな感じです。しかし、銀行のセキュリティ体制なんて、一朝一夕に変わるもんでもありません。これまでの銀行の怠慢ぶりを否定するわけではありませんが、それに対して何も文句を言わずに、自分で行動を起こさなかった消費者にも原因の一端があるのではないでしょうか。「銀行が悪い。今すぐ何とかしろ !」ではなく、「現状の銀行は悪い。だから私は自己防衛すると同時に、このようなサービスを銀行に求める !」という姿勢がなければ、物事は何も変わらんわけです。

リスクが高い=ビジネス・チャンス ?

外資系企業に勤めている立場から、今回の偽造カード問題を眺めると、非常に違和感を覚えるのは私だけではないと思います。外資系企業では、どんなにランクの高い人でも、基本的に自分のことは自分でやります。自分のリスクは、自分でヘッジします。だから、偽造カードでお金を盗まれたら、半分ぐらいの人は自分の責任だと考えるのではないかと思います。時代は今やグローバル、これまで真綿にくるまれて過保護に過ごしてきた日本人も、自分のリスクについて、自分で責任を持たなければならない時代が到来しているのです。


さて、この偽造カード問題。私の上司である Neil と世間話で話してみたところ、次のような反応でした。


Neil 「へぇぇぇ、そりゃ面白いな。いや待てよ …… 何だか、大きなビジネス・チャンスがあるような気がするぞぉ。タカシ、今すぐ銀行向けの『偽造カード対応ソリューション』をまとめて、提案書を作ってくれ。締め切りは、今週末だぞ !」


私 「……( 世間話やと、言うとるやないか ! 全く、仕事のことしか考えとらんのか、このおっさんは……トホホ……)」


Neil の考えは、自分のリスクヘッジよりも、もっともっと先を行っているようで …… さすが外資系、こりゃ失礼しました !

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この記事の筆者

奈良タカシ

1968年7月 奈良県生まれ。

大学卒業後、某大手銀行に入行したものの、「愛想が悪く、顔がこわい」という理由から、お客様と接する仕事に就かせてもらえず、銀行システム部門のエンジニアとして社会人生活スタート。その後、マーケット部門に異動。金利デリバティブのトレーダーとして、外資系銀行への出向も経験。銀行の海外撤退に伴い退職し、外資系コンサルティング会社に入社。10年前に同業のライバル企業に転職し、現在に至る ( 外資系2社目 )。肩書きは、パートナー(役員クラス)。 昨年、うつ病にて半年の休職に至るも、奇跡の復活を遂げる。

みなさん、こんにちは ! 奈良タカシです。あさ出版より『外資流 ! 「タカシの外資系物語」』という本が出版されています。
出版のお話をいただいた当初は、ダイジョブのコラムを編集して掲載すればいいんだろう ・・・ などと安易に考えていたのですが、編集のご担当がそりゃもう厳しい方でして、「半分以上は書き下ろしじゃ ! 」なんて条件が出されたものですから、ヒィヒィ泣きながら(T-T)執筆していました。
結果的には、半分が書き下ろし、すでにコラムとして発表している残りの分についても、発表後にいただいた意見や質問を踏まえ、大幅に加筆・修正しています。 ま、そんな苦労 ( ? ) の甲斐あって、外資系企業に対する自分の考え方を体系化できたと満足しています。

書店にてお手にとっていただければ幸いです。よろしくお願いいたします。
奈良タカシ

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